【困難、地獄】飲食店経営20年の軌跡 Part1

1.飲食店

こんにちわ。ニコニコ侍です。
  
私は、この度、破産が終了しました。

起業から20年。今思えば、地獄の日々でもありましたが、
貴重な人生をいきてきたなと思います。
  
わたしの半分の人生を使って経験してきたこと、感じたことなどが

同じ境遇や、これからの人生を生きていく方のすこしでも 役に立てたらいいなと思い。ここに書こうと思います。


  
完全ノンフィクションではありますが、個人的なことでもありますので
興味のない方は、ご退席くださいませ。

わたしの事業が生まれ、そして終焉まで、、、



私は、20年以上、レストランを経営してまいりました。

 多い時は、最大で5店舗。年商で4億近くだったのを覚えています。

 しかし、最初から、飲食店をしていたわけではありません。

  私は、家業が左官屋(外壁屋)であった影響を受けて、一流上場企業を3年で辞めました。(あまりに、退屈な仕事に飽きました)  

 外壁屋を継ぐべく、修行へ行き、戻ったあと、父と一緒に会社を設立しました。

 当時、21歳。(今考えたらただのガキなんですけどねw)

  外壁事業は、消費税駆け込み需要や、父の実績もあって、順調に成長し、 1年で年収2000万を取れるほどに成長しました。 

しかし、労働集約型の外壁職人。当然、収入には上限がかかります。

朝はやくから、夕方暗くなるまで、時間の許す限り全力で働いても、
月に300万程度稼ぎ出すのが限界でした。



そこではじめたのが「飲食産業への投資」でした。

飲食産業(レストラン)への投資

最初は、「レストランでもはじめて、月に100万でも利益がでたらいいや」 と軽い気持ちではじめたのを覚えています。

  当然のごとく、外食などやったことありませんし、経験も0です。 

「経験もないので、今流行りのフランチャイズをしよう!」   
と、まだ、小さなレストランにフランチャイズを持ちかけて承諾してもらい 指導を受けながら、開業することにしました。

 しかし、夢は膨らみ、それと同時に、事業規模も大きくなり。   

店舗の規模は、100席!!!!設備総投資、約1億2000万。  

  当然、資金が足らないので、銀行や、国民金融公庫などに事業計画を作って提出し、 融資をお願いしました。

新規事業のため、なかなか貸してはくれませんでしたが。 なんとか、保証協会を説得し、開業することができました。  

そこから、地獄の20年が始まったのです。

開業に失敗、多額の資金を失う

今思えば、すべての考えや計画が甘く、失敗する可能性が高いのは分かります。

が、当時、若くて、根拠の無い「自信」にあふれていた私はその事に気がつきませんでした。

「このレストランをオープンさせ、全国展開させ、会社を上場させる!」   

と、この目標に向かって邁進していました。


  
さて、話をお店に戻します。
  
飲食店自体の経験も無い会社にとって、フランチャイズは有効です。
フランチャイズ本部の持っている知識と、経験を生かせるからです。
  
がしかし、わたしの第一の失敗は、そのフランチャイズ本部も創立して5年程度の
小さなレストランのオーナーがはじめたもので、わたしのフランチャイズが一番最初の案件だったのです。

 当然、知識も経験も少なく。指導力もほぼありませんでした。
  
本部に立ち上げを任せていると、
当然のごとく、莫大な、研修費を使いました。

・正社員を5名採用し、半年間本部で勤務(研修)を行う。その給与と宿泊費(ホテル代)すべて当社負担 500万程度

・オープン2週間前から、アルバイト、パートを雇用し、サービス研修。 料理に至っては、作っては捨てるの繰り返しの研修。
 (食材と人件費だけで500万近く使いました。)

そして、ついにオープンの日、、、、、、
 
売上目標1500万予定!こっから勝負だ!取り返すぞ!!!
  
と気合をいれて、見学。
 
お客様、、、、ほぼ、来ません、、、、、、
当然です。何の周知もしてません。店の前に花輪が出たくらいです。

待てど暮らせど客は来ない。。。。
  
あせった本部は、新聞広告を出すことを提案。掲載費用50万円〜。
  
なんとか、2週間後からの掲載が間に合って、ようやくお客様が来店しはじめ、

オープン月の売上は900万。赤字額500万!!!!
  
その後半年の売上推移はこちら

①売上 900万 赤字500万
➁売上1400万 黒字100万
③売上1100万 赤字100万
④売上 700万 赤字300万
⑤売上 600万 赤字300万☚このあたりで覚悟する
⑥売上 500万 赤字400万

その後も500万~700万を推移

当然、新規オープンで設備投資にも莫大な資金を使いましたが、
運転資金として、3000万近くは予備で備えておりました。
  
が、莫大な研修費や、開業の赤字続きで、どんどん失われていきます。
  
私も、赤字を埋めるために外壁事業を必死に頑張りましたが、
埋めれるレベルでは無い、、、、と判断しました。
  
このままでは、、、滅ぶ
人生最初の覚悟をきめた瞬間でした

外壁事業を人に譲り、レストランの立て直しに参入する

このまま人に任せておいたら、赤字は垂れ流し、現場の士気も下がりっぱなし。
   
私は、覚悟を決めました。

「私は、社長です。すべての責任は私にあります。 滅ぶのなら、全力で立て直しに挑戦してみて、自分の手で滅ぶ!」


  
と、外壁事業の社員たちを独立させてそれぞれ社長にし、顧客や仕事をすべて譲りました。必要な道具などもすべて。
  
そして、経験の無い「レストランの責任者」として現場にたったのです。
  
当時の年齢は、26歳になっていました。今思えば、、まだまだガキです。

お客様とのお店のギャップに違和感

私は、当然、料理の経験も0、知識も0。
あるのは、責任だけ。という立場で現場へ入りました。
  
できることが無い私は、アルバイトたちと同じ制服を着て、ホールでの接客業務につきました。
 
そこで目にしたのは、本部の考えた、料理と値段に対して、お客様との間に
大きなエベレストのような高い、「ギャップ」
を発見しました。
  
まあ簡単に言うと「めちゃめちゃ 高かったのです!」
 
本部の社長は、料理人気質で、お客様のことを全く考えていません。
自分のやりたいこと、作りたい料理、こういう店にしたい!という願望ばかりで、
お客様のことは、まったく見ない興味も無いひとだったのです、、、、
(ちなみに、誰の意見も聞き入れない頑固者。そのせいで本部の優秀なひとは、すぐ辞めていくか、解雇されました)
  
私は、本部に散々諫言しましたが、聞いてもらえず、
ある決断をすることになったのです。
  
そう。フランチャイズ契約を解除する!決断です

フランチャイズ契約の解除

フランチャイズ契約は、当然のごとく本部が都合のいいように考えられています。
簡単に契約を解除できないように、かつ、多額の違約金などが決められていました。
  
しかし、私は、決断しました。
「このままでは、会社自体が滅んでしまう。どうせ滅ぶなら、お客様のため自分たちの考えるベストを出して滅びたい。」
  
私は、本部へ行き、フランチャイズ契約の解除では無く。
「無効」を訴えました。
  
「無効」とは、最初から無かった事にすること。
  
さすがの本部も、お店の経営内容を熟知しており、責任回避の動きをしてきました。
  
そこで、こちらの「無効」という提案に飛びついたのです。
  
今でも覚えています。

わたしのお店の立ち上げに参加した本部スタッフの責任者の一人が、 私に謝罪し、

「力不足で本当に申し訳ありませんでした。これが私のできる唯一の事です。」

といって、金庫にあったフランチャイズ契約書を取り出し、社長の許可を得ず、破り捨ててくれたのです。



現在でも、その責任者の方とは親交があり、立派に社長として活躍されています。

新たな挑戦。自力での立て直し

飲食店経験0、知識0の責任者で、
かつフランチャイズ本部無しからの新たな挑戦がはじまりました。
  
とりあえず、赤字をとめて、存続できるようにしよう!
  
そのためには、今、目の前にいるお客様に、美味しいと満足していただいて、
また、来ていただけるようにすることである!

  
とりあえず、現状把握から取り組みました。
お客様にアンケート用紙をくばり、ご記入いただいた方へは、次回使える割引券を提供し、情報を集めました。
  
すると出るわ出るわ!

料理は美味しいけど。高すぎる!
値段の割に、サービスや、雰囲気がファミレスすぎる(安っぽい)
料理のアイテム数が少なすぎる
セットなどの得な商品が欲しい
メニューがわかりずらい。写真が欲しい

沢山の貴重な意見をいただき、それをすべて、クリアできるためにはどうしたらいいのか?をスタッフを交えて、連日連夜会議をし、修正していきました。
  
当然、私も、料理やサービスの勉強を独自に開始しました。
   

店が軌道に乗り始める

知識0経験0からスタートした店舗責任者。
徐々に、知識と、経験もついていき、スタッフも育ってきました。
  
そして、オープンから1年が経とうとするころ、徐々に、業績が回復し始めました。
  
右肩下がりだった売上が上昇しはじめたのです。
  
「よし!もう少しだ。とりあえず損益分岐点までがんばろう!」
を目標に設定しました。
  
実際、巨額の設備投資や、大型店舗のため、広い駐車場などの家賃などで、
損益分岐点は月商1000万近くでした。
  
「月商1000万!それをクリアして、我々の夢である全国展開をめざそう!」
  
これを皆の「夢」として、邁進していきました。
 

大都市への出店の野望

最初のお店は、当然のごとく、地元で開業しました。
人口が8万もいないような、小さな地方の街です。
  
1年程度、現場に入ってきた私にとって、見えてきたことがあります。
   
「この小さな街で1000万をずっと売り続けるは人口的に厳しいのではないか?
もっと、大きな都市で勝負してみたい!」
  
業績が回復してきて、少しだけ利益が出始めた頃でした。
  
新たな挑戦のため、100万都市での出店調査を開始しました。
  
今までの経験を活かし、自分のお店のお客様が住んでいそうな地域を
商圏として、隣の県の100万都市のすべての道を歩いて、調査しました。
  
このエリアだな!

めぼしをつけると、徹底的に自分のお店にあう土地を探します。

・目の前の道路の交通量はどれぐらいなのか?
・自分の店から1km範囲内、3km範囲内の人口はどれぐらいなのか?
・その地域はどういう年齢層、どういう所得層がすんでいるのか?
・近くに、競合店はどれくらい存在するのか?

とにかく徹底的に調査する!
  
100%の勝率では無い。200%間違いない!と思えるまで妥協しない。
  
一度、お店を作ると、簡単には撤退できません。

死に物狂いで、足のマメをつぶしながら探したのを覚えています。

銀行の罠

出店計画が持ち上がると、当然、資金計画を立てなければなりません。
    
最高の立地を押さえた私は、すぐさま出店準備にはいりました。
  
最初の店舗は、徐々に赤字から脱出しましたが、まだまだ、
借入をぎりぎり返済できる程度で、キャッシュフローはほぼ無い状態でした。
  
開業資金は、かなり厳しい交渉が予想される。。。。
  
と覚悟していた私ですが、
  
最初の交渉の時に
  
「おお!すばらしい計画です。是非、当銀行に全面的に支援させてください!」
と、当時のもう定年退職間際の支店長に言われました。(メインバンク)
  
よし!銀行からお墨付きをいただいた。
計画を前にすすめよう!
  
当時すでに28歳。
まだまだ、血気盛んで、怖いものしらず。
  
いまからおとずれる、地獄の日々おとずれることなど
露ともおもっておりませんでした。

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【困難、地獄】飲食店経営20年の軌跡 Part2



コメント

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