【困難、地獄】飲食店経営の奇跡 最終章 Part2

1.飲食店

こんにちわ。 ニコニコ侍です。   

私は、先日自己破産が終了しました。     

起業から20年。今思えば、地獄の日々でもありましたが、貴重な人生を生きてきたなと思います。   

その人生を振り返って、すこしでも、同じ境遇の人の励みになればと思い、書いています。   

この章は最終章のPart2なので、続きになっています。 先にそちらをご覧下さい。
  

【困難、地獄】飲食店経営の奇跡 Part1
  
【困難、地獄】飲食店経営の奇跡 最終章Part1


ついに動き出した。移転計画。

立地が決まると、本格的に出店準備にはいりました。

✔出店に必要な準備

・賃貸借契約の締結
・店舗デザイン設計
・開業資金計画の作成
・オープンまでのタイムスケジュール
・厨房設計
・メニュー構成、商品の作成

今回の移転の難題は、F店の閉店と同時に、いかに時間をあけずに新店をオープンさせることができるか?!
      
この判断をするのが非常に難しい。
建設現場は人が作るもの。決して予定通りにはいかないものなのです。
   
しかし、設計できなければ着工すらできない。
  
私は、考えました!「よし!すべて、同時にこなしてやる!」
  
私は、燃えていました。最後の戦い、命尽きるまで戦ってやると、、、、

また降りかかる、難問!銀行を説得せよ!

私は、唖然としました、、、、、、
    
目の前には、大手建設会社の担当課長。
  
✔当初の賃貸借条件

・賃料は90万円
・敷金は賃料の10ヶ月分900万円
・建物は、地主が建設し、所有する建て貸し*
・契約期間は10年縛りの20年

 *建て貸しとは、土地の所有者が、建物を立てて、そこにテナントとして、入居するスタイル。建設費用は、地主持ちで、土地賃料と建物代を足して家賃として徴収。
   
  
「すみません。当初の賃貸借条件では、お貸しできません」
   
「!!!!え!!!困ります!!!約束が違うじゃないですか!!」
   
「本当にもうしわけない。建設費がかかりすぎるので、地主が納得しません。申し訳ないのですが、建設協力金として、3000万ほど収めてもらえませんか?」
    
「3000万は一旦お預かりしたあと、賃料から差し引く形でお戻しします。」
    
  
「!!!!!それは無理かもしれません、、、、、、、」
    
私の、手元には、敷金が返還された1500万しか無かったのです。
    
   
「わかりました。やれるベストを尽くします。」
   
私は、事業計画書を作り始めました。
    
「もし、融資がおりなければ終わりだ。なにがなんでも銀行を説得しなければ、、、」
   

銀行との交渉

私は、移転計画の全貌を企画書におとしこみました。
   
✔移転計画の企画書

・F店を閉店し、厨房機器、レジ、椅子やテーブル、皿や什器備品。調理道具などすべて、新店で使うため、その費用が節約できること
   
・F店の店舗建物を売却出来た場合、売却代金のすべてを銀行に返済すること
  
・F店の従業員を移転させるため、研修費などかからず、ベテランぞろいでオープンができること
  

上記、3つを、今回の移転計画の目玉として、必死にアピールしました。
   
そして言いました。

「3000万融資してください!!!もし、この計画がダメになったら、私の会社自体が厳しいことは、メインバンクとして、ご存知なはずです!」

   
   
「う~ん、、、、計画自体は悪くないのだが。実際にこの計画通りにいけるのか疑問です。まだ、F店の引受先も決まってないですよね。」
    
  
「わかりました。では、F店の建物を売ってきます!それができたら、検討してください!」
    
  
私は、建物を一度も売ったことはありません。一体どこが買ってくれるのだろう、、、、
当然、大手建設会社の課長には相談していましたが、買い手はなかなか無いという返事をいただいていました。
    
   
「こうなったら、自分で探すしかない!」

    
次から次へと雨あられのような難題が降りかかってきました。
しかし、私は諦めていませんでした。

建物売却に成功!!!!

私は、片っ端から電話しました。
   
・大手飲食チェーン
・地元のレストラン
・同業のレストラン
・不動産屋
   
しかし、回答は「No」でした、、、、、
   
意を決した私は、再度地主の息子さんの元を訪ねました。
彼が、不動産に就職していたのを知っていたからです。
    
   
「なかなか買い手がみつからないのですが、何か情報はありませんか?」
    
   
「そうですか、、、買いたいという人は今のところありません。
しかし、私も貸す側として、このお店に入ってもらいたい!という希望はありますよ」
   
   
「是非!教えてください。」
    
「私の職場の近くでよく通っているお店なんです。内装もお洒落で、美味しい。スタッフもいいサービスをするので、お店の近所の人も喜んでくれそうなので」
   
「有難うございます!説得してみせますので、もしそのお店が買ってくれる時はご協力お願いします!」
   
「分かりました。母に言われてますので。」
    
わらをも掴むつもりで、お話に行って良かった。息子さんも、非常に協力的で、真摯な対応に非常に感謝しました。
    
「よし!もうやるしかない」
   
私は、まったく面識もない、企業へ売り込みにいくのでした。
   

え?ホント?嘘でしょう。

地主の息子さんに言われたお店を調べました。
   
え!!!!?まさか!!!!!
    
そんな偶然って存在するのか!?
    
と思える事が発覚しました。
    
そのお店のオーナーは何と!
   
私の本店と同じ市にある地元の方だったのです。それも、お店もご近所。
   
こんな300km以上離れた100万都市で、偶然にも、地元の方が経営されてたとは、、、、
    
私は、地元へ戻り、アポイントをとるべく電話をかけました。
   
   
「突然のお電話で申し訳ございません。もし、よかったら私の話を聞いてもらえませんか?」
   
   
「あなたのことは、地元なのでよく存じております。私の会社も、今、事業を拡大するために場所をさがしております。よかったらお越し下さい。」
    

  
!!!!!!!!!神様!!!!ありがとう!!!!!!
    
   
私は、資料を作成し向かいました。

・F店の売上と経緯
・その周辺の人口や商圏
・交通量などの資料
・建物の設計図や仕様書
・建設時の見積もりなど

私は、正直に、すべてをお話しました。
   
    
「事情はわかりました。こちらも事業なので、感情は差し控えさせていただきます。が、これだけの商圏と、売上などの詳細がわかれば、投資する価値がはっきり見れます。」
  
「是非、話を前に進めましょう!ただし、簿価の5000万は無理です。価値としては1500万です。」
    
    
「分かりました。十分です。有難うございます!」
     
  
私は、はじめて建物を売りました。
当然、不動産屋さんではないので、間に仲介業者をはさんで正式にに契約し、
無事、引き渡すことができました。
    
   
ちなみに、その後、その店は、その県の同じお店の中で一番の繁盛店に成長していきました。(お互いにとってプラスになったので本当に良かった。)

    
  
なお、この難題を見事クリアしたので、銀行の支店長もしぶしぶだが、了解し、融資の許可を下ろしてくれました。
  

ついに動き出した移転計画!そして、商品開発秘話

・賃貸借契約の建築協力金
・F店の建物売却

この問題を見事にクリアした私は、次の準備にとりかかりました。
  
店舗のデザインと商品の完成です。
   
店舗の設計については、いままでの経験をふまえ、本店の設計にあらたに少し、手を加えた程度でおさめました。長年蓄積してきた、効率やオペレーションをフルに使いたかったからです。
   
ただ、妥協したくなかったことがあります。
  
【お店の、デザインです】

・今後10年以上、未来のひとに「おしゃれだなこのお店」と思っていただきたい。

・地元の方に、「おしゃれなお店ができて、嬉しいわ」と言っていただきたい。     


   
    
そのための、おしゃれセンスが私には【無い】のである。
  
「無いのであれば、デザイナーに頼めばいいでしょ?」
   
デザイナーに依頼するお金の余裕もありません。かつ、そのデザインを最終的に判断するのは、私に委ねられます。その判断材料すら持ち合わせていないのです
    
   
「よし!決めた。建築現場も動き出した。まだ土木工事や、基礎工事をやっている時間がある。外国は無理だけど、日本だとやはり、東京だ。東京で勉強しやる!」
   
また、着替えももたずに、格安飛行機に飛び乗りました。

東京都内をすべて歩いて見る

私は、調査が大好きです。ワクワクします。
特に、東京は別格でした。
   
「東京で見たすべてのお店の中で最高におしゃれなお店を作ろう!」
   
荷物は一切持って行きませんでした。歩くのに邪魔になるからです。
   
「こうなったら、とことん歩いて見てやる。全部見たら少しはセンスも良くなるかもしれない!!!」
    
iPhone片手に、地図をみながら、道路という道路を歩く。
    
おしゃれなお店を見つけたら、写真をとり、中を覗かせてもらう。
   
毎日、毎日、ホール担当をずっとやってきた私にとって、歩くことは苦ではないはずですが、それでも足に豆ができるまで、歩き続けました。
  
撮り続けた写真は、数万枚。
   
観光では無いので、常にカプセルホテル。
   
この時の、経験のおかげで、すっかり貧乏生活に耐性がつきました笑
   

最高の商品を作ろう!決別した、既製品と調味料

私が、東京で学んできたことは、デザインセンスだけではありませんでした。
日本の誇る、「東京の料理センス」です。

「原点に回帰しよう!すべてを自分の店で作ろう!」   

「お客様のために、健康でいいものを作ろう!」


すべてを0ベースで見直し、いままで妥協してきたことをすべて辞めよう!
 
「すべては、お客様のために!」
  
をスローガンにあげ、調理工程や、料理内容、レシピなどをすべて見直すようにお願いしました。
      

脱!既製品、脱!化学調味料


 どうしても、大規模なお店は、作業効率が必要になってきます。
しかし、それが妥協となり、商品力の低下につながってしまいます。
    
「東京でも通用する店を作って、はじめて、地方で一番になれる!」
   
目指すのは、日本一だ!!!!
   
私は、無茶な目標なのはわかっていましたが、それでも「できる!」
と信じていました。
   
料理人たちが、あわたたしく動き始めました。
   
心の中で私は思っていました。  
   
残り数ヶ月、、、、「頼むぞ!」と、、、、、、、

ついにその時は来た!新店オープン

建設引渡し日が決定し、ついにオープン日が決まりました。
    
✔オープンスケジュール

・F店の閉店
・厨房設備の取り外し、洗浄・トラックへ積み込み・搬送
・皿やグラス、備品関係の梱包に搬出。新店への輸送
・テーブル、椅子、調理器具などトラックへ積み込み、輸送、設置
・厨房設備の設置
・厨房設備の接続(ここだけは業者)
・営業許可申請、検査
・オープンへの準備、仕込み
・オープン

実は、これらすべての工程をたった10日間でやりきらなければいけません。
   
え?まじですか?
   
業者に依頼することはできませんでした。(見積で200万円の出費、、、)
   
【F店閉店日】
業務が終了したときから、梱包作業がはじまりました。
  
「皆、ごめん。オープンまで10日しか残ってない。頑張ろう。」
   
新しいお店は、F店より100km離れている。当然、移籍できないパートさんやアルバイトさんもいました。その人たちも嫌な顔ひとつせず、お世話になったからと、手伝ってくださいました。
   
取り外した、厨房機器は、駐車場に引っ張り出し、綺麗に新品同様に洗浄し、つぎつぎと借りてきた4tトラックに積み込んでいく。
   
そのトラックを新店まで自分たちで、運転し、おろし、設置場所へ置いていく。
慣れていない肉体労働に悲鳴をあげながらも、みなが協力して作業を進めてきました。
   
なんと、3日を予定していた作業を、2日で完了しました。
  
   
「皆さん!最後まで手伝ってくれて本当に有難う!!今まで大変お世話になりました。絶対に勝ってくるからね!!!!」
   
私たちは、手を振る仲間の見送りに深々と頭をさげました。
   
   
皆の目には涙があふれていました、、、、、、
    

ついに、オープン当日!はじまった伝説のお店。

ついにオープン当日。
   
何度これを経験しただろう。
   
私は、言いました。
   
「皆さん、今まで有難う。大変お世話になりました。今こそこの苦労が報われる時です。今日から、このお店は、地域一番店を目指していきます。伝説のお店を作りましょう!」
   
ついに、移転計画から1年。苦労に苦労をしてたどり着きました。
しかし、これからが本番です。

  
    
オープン前なのに、駐車場に、人が集まり始めました。

この景色は見たことがある!ついに来たかも!

私は確信しました。このお店が繁盛店になることを、、、、
   
これで終われば、ハッピーエンドですが、まだまだ終わりません。
  

怒涛の5年間は、実はまだはじまったばかりだったのです。
   
天国から地獄へ、侍の最後の戦いをどうぞ見てください。


 
【困難、地獄】飲食店経営の奇跡 Part3

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