【ついに破産廃止】一年6ヶ月の軌跡【弁護士委任⇒破産廃止まで】

2.倒産、自己破産

こんにちわ。ニコニコ侍です。
  
昨日、債権者集会がありまして、何と!

個人の破産廃止が認められました。
  
ま~なんと弁護士に委任してから、1年と6ヶ月。
  
長かったような、短かったような。。。。
  
そこで、今回は、
【ついに破産廃止】一年6ヶ月の軌跡!【弁護士委任⇒破産廃止まで】
  
と題しまして、弁護士に委任してから、破産廃止にいたるまで、
  
どういう問題があり、どういうことが起こるか?!

をまとめていきたいと思います。
  
この記事の内容

・私こと、ニコニコ侍が破産にいたるまでの経緯
・弁護士委任から破産廃止にいたるまでの流れ
・現状の心境など

わたしの事業が終わりを迎えた時。

私は、20年以上、レストランを経営してまいりました。
  
多い時は、最大で5店舗。年商で4億近くだったのを覚えています。
  
しかし、最初から、飲食店をはじめたわけではありません。
  
私は、家業が左官屋(外壁屋)であった影響を受けて、一流上場企業を3年で辞めました。(あまりに、退屈な仕事に飽きました)
  
外壁屋を継ぐべく、修行へ行き、戻ったあと、父と一緒に会社を設立しました。
  
当時、21歳。(今考えたらただのガキなんですけどねw)
  
外壁事業は、消費税駆け込み需要や、父の実績もあって、順調に成長し、
1年で年収2000万を取れるほどに成長しました。
  
しかし、労働集約型の外壁職人。当然、収入には上限がかかります。
(自分が働ける時間を増やすことはできないため)
  
そこではじめたのが、「外食産業への投資」です。

外食産業への投資

最初は、「レストランでもはじめて、月に100万でも利益がでたらいいや」
と軽い気持ちではじめたのを覚えています。
  
当然のごとく、外食などやったことありませんし、経験も0です。
  
「経験もないので、今流行りのフランチャイズをしよう!」
  
と、まだ、小さなレストランにフランチャイズを持ちかけて承諾してもらい
指導を受けながら、開業することにしました。
 
しかし、夢は膨らみ、それと同時に、事業規模も大きくなり。
  
店舗の規模は、100席!!!!設備総投資、約1億2000万。
  
当然、資金が足らないので、銀行や、国民金融公庫などに事業計画を作って提出し、
融資をお願いしました。

新規事業のため、なかなか貸してはくれませんでしたが。
なんとか、保証協会を説得し、開業することができました。
  
そこから、地獄の20年が始まったのです。

このお話を書いていると、あまりに長くなるため
別の記事を書きますので興味のある方は、そちらをご覧下さい。



【困難、地獄】飲食店経営20年の軌跡 Part 1

弁護士への委任まで

事業を経営し、継続していくことは、様々な困難が立ちはだかります。
私の中で「事業を辞める」ことを決断するボーダーラインがありました。

【働いている人、従業員の給料が払えなくなったら】

です。
  
この大事なボーダーラインを守れなくる事件が起こりました。
  
税金の差押」の強制執行です
  
さすがに、資金繰りをなんとかやりくりしながら経営を継続してきた私にとって、
ついに来たか、、、、と思える瞬間でした。
  
従業員の給与用としていた、売掛債権をがっつり押さえられたのです。

税金の差押等について詳しく知りたい方はこちら

事業継続を断念したあとは、弁護士と相談しながら
いつ事業をやめるのか?という具体的な話になっていきます。
  
私の場合、まだ営業的に黒字な店舗を抱えておりました。
  
その店舗を他の会社へ引き継いでもらえれば
従業員や、お客様にご迷惑をかけないで済む!。


わたしの最後の戦いです。
  
そう決断した私は、お店の大家さんなどにも協力してもらい、
最後の店舗の売却に動き、その売却額で、税金や、給与、などを精算
することができました。
  
そして、従業員は私だけ、何も無く、裸一貫で弁護士のところへ向かいました。
(弁護士に必要な費用、破産に必要な費用は、売却代金にて先に支払い済み)
  
現在でも、すべての店舗、従業員は他の会社で元気に
働いています。


弁護士委任

ここまでの苦労が嘘のように、紙一枚で終了〜。
というのが、一番の感想です。
  
委任状に数枚、サインと印鑑をおして終わり。
  
あとは、すべて、弁護士事務所が交渉などを行ってくれて、私のすることは
まったくありません。
  
まあ個人的な負債はほとんどなく、
会社の連帯保証になっているのでそちらを整理する破産みたいな感じです。

弁護士委任後に制限されたこと

・すべてのカードが使えない、弁護士に渡す
・住所の移転ができない(裁判所の許可が必要)
・毎月の収支を報告する(現金出納帳をつける)
・借金もできない(貸す人もいませんが笑)

収入はどうしたの?仕事はしてよいのか?

会社を倒産させた経営者です。
当然、次の月から収入はありません。
  
弁護士に言われました。
「普通に仕事を探して、働き、生活してください」
  
が、私も40歳半ば。簡単に採用してくれる会社もなければ
経験の無い仕事は、できる自信も無い。
  
手元には5万円程度しかなく、「生活保護」も視野にはいっていましたが、、、
  
たまたま店舗を売却する会社に誠実な対応を評価されて、
その会社に入社することができました。
  
「捨てる神あれば、拾う神あり」
 
現在も、サラリーマンとして、細々と生活しております。

破産手続きの開始決定

ま~なんというか。
1年後にやっと出ました笑
  
会社の倒産ってやっぱり時間かかるものですね。
  
破産手続き開始決定とは?

「破産手続開始決定」とは、債務者(破産申立人)について破産手続きを開始する旨の裁判所の決定のことです。
   
 破産管財人が専任され、
・財産に対する管理処分権限はすべて破産管財人に移る
・居住移転には許可が必要になる
・郵便物はすべて破産管財人に転送される
・一定の資格制限(保険外交員、警備員、宅地建物主任者など)
・官報に掲載される

わたしの場合は、家も、土地も、車も、携帯も
何も持っていなかったので、特に生活に支障はありませんでした。
  
ふ~ん やっと始まったのか、、、
程度です。

債権者集会

皆さんTVドラマや、漫画などで見る債権者会議をイメージされていませんか?

踏み倒された業者や、金融関係の人などが参加して
経営者が、頭を下げる中、罵詈雑言を浴びせる!!!


  
私も人生初なので少し、緊張しておりましたが、、、、

何と!会場には、参加者「0人」笑
  
私と、弁護士。裁判官と書記官。そして、破産管財人の合計5名のみ。
 
破産管財人の先生の報告と、裁判官がふたりで数分話をして終了。
  
10分もかかりませんでした。
 
二回目の債権者集会も同じ状況で、数分で終了し、
   
そこで「個人に関しては、配当する財産も無いので以上で廃止とする」
と、裁判官が発言しました。
  
その瞬間、わたしの「破産」が終了しました。

さいごに

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
  
今思うと、私自身、やり残した事や、こうしとけばよかった、
などたくさん反省することがあります。

しっかりと反省と後悔をしたあとは、その経験を活かして
前を向いて歩いていこうと思っています。
  
一度しか無い人生。
  
泣いても、笑っても、金持ってても、貧乏でも、
「生きていくことが大事」
の精神で邁進していきます。
  
すこしでも誰かのお役に立てたら幸いです。
おしまい

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